06■銅鐘(どうしょう)

(台東区有形文化財) 台東区谷中五丁目十番十号 長明寺

 本銅鐘は、総高一二二・九センチ、口径七五・一センチ。銘文によると天和二年(一六八二)初冬(十月)十六日、屋代安次が自らの逆修供養のために寄進した。逆修とは生前に自分の死後の冥福を祈るために仏事を修することである。撰文は下総国飯高(現、千葉県匝瑳市)の日蓮宗檀林所として著名な飯高寺の僧性孝、書は長明寺四世住職日習。鋳物師は椎名伊予良寛。鋳物師の椎名家は江戸時代初頭に多くの作例を遺し、椎名伊予吉次を初代とする江戸鋳物師の名家であった。
 椎名伊予良寛は延宝九年(一六八一)頃から元禄十三年(一七〇〇)頃にかけて活躍した鋳物師で、およそ二十六点の作品を残している。銅鐘が十九点、銅燈籠が二対四点、宝塔・水盤が各一点である。とくに宝塔は上野寛永寺にある将軍家墓所のひとつで、四代将軍家綱(厳有院)の墓である。このように将軍家の墓の鋳造を任されている事からも、椎名良寛が当時実力を伴った著名な鋳物師であったことがわかる。