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掲載:2014年9月15日

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2階展示室

 天海僧正により創建され、徳川将軍家の菩提寺とされた寛永寺、そして飛鳥時代から聖観世音菩薩を祀り、江戸幕府初代将軍家康により幕府の祈願所とされた浅草寺、その界隈には多くの寺社が置かれ、古くから参拝客で賑わい、様々な物売りや大道芸人などが行き来していました。そのため、この地域は古くから数多くの商家や演芸の小屋などが建ち並ぶ江戸文化を代表する地となりました。今も台東区には工芸などの工房やこれらを売買する商家が数多く残り、伝統の技を引き継いでいます。
 江戸の伝統工芸は、古くはインドや中国から渡来した工芸品やその技術が、奈良時代、平安時代、室町時代に培われて日本の風土に即した洗練がなされました。これらはまず京都で開花しましたが、江戸幕府が開かれた後には、その多くが江戸に移入されました。江戸時代の元禄期、そして文化文政期には、武士から町人へと経済の中心が移り町人文化が花開きました。そして、江戸の粋(いき)や鯔背(いなせ)と表現される美意識が広まりました。(下段に続く)

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 江戸下町伝統工芸館は、このような江戸時代から連綿として引き継がれてきた技術や伝統工芸の粋を紹介し、伝承する事を目的として、平成9年(1997)に設立されました。
 国による伝統工芸の振興政策において、通商産業省(現経済産業省)は、伝統工芸の技術の保存と育成を目的として、昭和49年(1974)に伝統的工芸品産業の振興に関する法律(伝産法)を制定しました。この伝産法に基づき、伝統的工芸品を指定し、伝統工芸士を認定しています。現在、1200品目以上ある工芸品の中で218品目(平成25年(2013)12月現在)が、経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定され、伝統工芸士は4000名を超えています。伝統的工芸品として検査に合格し、認定された製品には、伝統の「伝」と、日本の心をあらわす赤い丸(日の丸)により構成された伝統証紙が付されます。
 そして東京都では、40品目が伝統工芸品に指定され、その中でも村山大島紬、東京染小紋、本場黄八丈、江戸木目込人形、東京銀器、東京手描友禅、多摩織、江戸指物、江戸和竿、江戸節句人形、江戸切子、江戸からかみ、江戸木版画の13品目は、国の伝統的工芸品にも指定されています。
 今日の東京、そして台東区に残る伝統的工芸品は、江戸の粋や鯔背の心意気をそのままに、新たな素材の応用や表現にも挑戦しています。

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江戸下町伝統工芸館

江戸下町伝統工芸館のページへ

台東区は、江戸の昔から、庶民の町、江戸文化発祥の町として栄えてきました。 そのため伝統工芸に携わる多くの職人がこの地に住み、その技を磨いてきました。平成9年(1997)に開館した江戸下町伝統工芸館では、江戸簾(すだれ)、東京桐たんす、江戸指物などの約45業種350点余の工芸品を常設展示しています。同館は、浅草寺近くの江戸の下町の風情を残す地域にあり、工芸品を通して江戸下町の生活が偲ばれます。
毎週土曜日、日曜日には職人による製作実演や、年6回程度職人が講師となる手づくり教室などが開催されています。(台東区浅草2丁目22番13号)