匠のまちを歩く

伊藤 睦子さん(印章彫刻師)

いとう むつこ

高校卒業後、印章彫刻師の父親に師事。自然木の遊印を考案し、実用新案を取得する。「江戸女職人の会」の会長。「台東区優秀技能者」「東京都優秀技能者都知事賞」受賞、東京マイスター認定者。自宅の工房で体験教室も開講。

印章彫刻師になるまで

お父様が印章彫刻師の仕事をされていたのですか。


  • そう。一般的な街の判子屋さん。ツゲとか象牙とか水牛とか彫ってたのよ。でも父は私が継いで3、4年で倒れてしまったんです。今は脳梗塞って言うの?左半身しびれちゃって仕事ができる状態でなくなってしまったので。だからほぼ独学で勉強したんです。だからがこのようなオリジナル(小枝遊印)の判子ができたのよね。まともにやってたら普通の判子屋さんから脱皮できなかったでしょうね。





印章について

いつ小枝を印章にしようと思いついたのですか。


  • 職人展に出た時だから、40過ぎになってからね。機械彫りが流行ってきたから、何かないかなと思ってさ。そしたら職人展でお客さんから、お茶の木で判子つくったよっていわれてね。そこで家の旦那に山に行って茶の木を伐ってきてもらって判子を作ったら良いのが出来て、面白くなっちゃって。また、家の旦那が山育ちということもあり、木のことをよく知っているから、判子を作るのに固くて良い木を色々と探してきてくれるのよ。
  • 最初は字だけ彫ってたの。形が面白いからね。でも次の干支は兎年だから、早速作ってみたんですよ。ウサギって可愛いじゃない。飛び跳ねてたりさ、座っても可愛いしさ。そして店頭に並べてたら、お客さんがこれ欲しいって、好評だったのよ。さらにここに 名前入れてくれたらもっと良いんじゃないとお客様さんからいわれてね。だからこれらの作品は、お客さんのアイディアなのよ。

印章のつくり方を教えて下さい。


  • 研磨材(ガラスなど)を下に敷いて、印材をその上で擦り、表面を平らにするわけ。どうしても切ったばかりだといくら平らに見えても真ん中がくぼんでくることもあるからね。表面が平らになったと思ったら、朱墨で赤くする。そして墨で字とか絵を入れて行く。それで黒いところを残して彫っていく。これらの作業が一連の作業工程かな。

表面は何mmくらい彫るのですか。


  • 1mm彫ったら相当深いよね。そこまでいってないと思うよ。ここにあるやつはまだ半製品でしょう。名前入れてからきれいにするから。そんなに深く彫らないんですよ。

ひとつの印章を完成させるのにどれくらいかかるのですか。


  • 絵柄を考えるのが大変なのね。それが決まっちゃえば、それこそ2、3時間で。名前も1時間待ってもらえれば仕上げますよ。







道具について

彫刻刀についてお聞かせ下さい。


  • 象牙とか水牛とか、一般の判子を彫る道具ね。私は12か13種類くらい使っています。刃の先の幅が違うのよ。あと彫刻刀の後ろに刃がついているんですよ。今の判子屋さんはこれ使ってないでしょうね。機械を使ってるから。

彫刻刀のお手入れはどうされているのですか。


  • 研ぐのはだいたい一週間に一回。堅いものも彫るでしょう。研がないと切れなくなっちゃうんですよ。柄の部分の籐(グリップ)は自分で巻くのよ。刃が減ってきたり籐がぼろぼろになってくると、刃を何センチか出して、籐を巻き直して研ぐんです。今、彫刻刀を作ってくれる職人さんは少ないから大変よ。

印章を固定している台について教えて下さい。


  • 篆刻台(てんこくだい)。印刻台とも言うね。私が家で使っているのは40年近く使っているから、物凄い艶よ。判子を彫る際、向きを変えるために篆刻台を回すでしょう。底も減っていくのよ。父の使っていた篆刻台はもっと凄いのよ。判子を挟むと飛び出しちゃって、判子をおさえられないの。









作品について

今、一番人気のある柄は何ですか。


  • 全般的に来年の干支である“卯”。あとはやっぱり自分の干支が人気ね。でも巳年の時はあんまり売れないね。あとお地蔵様は売れますね。癒されるって。あと猫ちゃんとかね。

お客さんが買われる目的は何ですか。


  • やっぱりプレゼント用が多いですね。出産のお祝いとか結婚のお祝い、クリスマスのプレゼントとかね。その他には男の人がバレンタインのお返しに相手に渡した人もいたわよ。彼女が猫が好きだから、猫の印章に名前入れて下さいという注文もありました。また、海外の方からプレゼント用として注文されることも多く、その人の名前彫ってあげて贈るといケースが多いわね。木の質感も海外の方には受けがいいのよ。例えば桜の木とかね。以前には体験教室にアメリカ人とかフランス人が体験しに来てくれて、自分の名前の一字を漢字にしてずいぶん喜んで、判子を作って行ったわよ。体験教室に訪れるお客さんも多いわね。


伊藤睦子さん



十二支が彫られた印章。


一番大きいサイズの印章はタケノコ。

印章とは


印章とは、木・つの・石などに文字や模様を刻み、印肉で押すもの。印章の発祥は紀元前四千年前、メソポタミヤ文明とされています。その後、中国に伝播し、漢時代に最も発達しました。日本へは飛鳥時代に遣隋使を通じて中国の様々な文化と共に渡来しました。
印章彫刻師の伊藤睦子さんは、平成12年に自然木による印章を考案し、実用新案を取得しています。印章には伊藤さんの手によるイラストが描かれて、名前も入れてもらえる。印章に使われる印材は、桜・山椒・椿・竹・ハナミズキ・ザクロ・マンサクなど。

小枝遊印の魅力とは


まず、木によって堅さも形も違うし、何より木肌が全然違うんですよ。木はやっぱり手に良いんですよ。人間の手には特にね。段々艶が出て木も良くなってくるのよ。小枝遊印は世界に一個でしょう。手で作業をするから、まったく同じ形や絵柄が出来上がることもないしね。素材が堅いから、彫るのは大変だけどね。でも字だけ彫っているより楽しいんですよ。一般的な判子は、丸の大きさが限られてくるじゃない。今は機械で彫っちゃうからね。機械で彫ったら判子の意味がないのよ。全部同じになっちゃうから。