匠のまちを歩く

木村 正さん (江戸指物師)

きむら ただし

18歳の時に上京、縁あって紹介された江戸指物界の重鎮島崎国治氏に13年間師事した後に独立。平成14年(2002)、伝統工芸士として認定される。指物では最上級の素材である島桑を扱う「桑物師」の礎を築いた前田文之助(桑明)派の流れをくむ正統派の江戸指物師として、腕を振るっている。

江戸指物師になるまで

どのような経緯で江戸指物師になられたのですか。

  • 15歳の頃から広島の小さな家具工場に居たのですが、そこが徐々に大きな会社になって仕事が流れ作業みたいになってしまって、それで腕を磨く事も出来ないので、縁もあって上京してここでこのようにする事になりました。それで親方の下で13年間の修行をしました。


ずいぶん長く修行されたのですね。


  •  まぁ、おおよそ10年間も修行すれば独立できると思っていたんですが、10年を経た際に親方に独立を相談したら、下にいる弟子をもう3年間面倒見てくれと言われて、御礼奉公と思って入ったばかりの弟子の面倒を見ました。昔は、徒弟制度みたいなものがありましたから、親方からそう言われると仕方がないじゃないですか。それで、私が一番弟子だったので、親方の代わりに下の面倒を見ていました。そして、13年間経った時に、親方が暖簾分けだよとお得意さんを紹介してくれて独立しました。
  •  親方もおかみさんも大変良い人だったので、こうしてやってこれました。幼少の頃、両親を亡くしていたので頼るところもなくて、生活のためにと思って当時はやっていました。だから、つらい時もありましたし、楽しい事ばかりでもなかったけれども、島崎親方に出逢って、いつか親方のようになりたいと思い、意志を継いで現在までやっています。





御蔵島の桑材を用いた指物について

桑材を扱う指物師さんを「桑物師」というようですが。

  •  昔は桑材を用いた指物師は桑樹匠(そうじゅしょう)と言われていました。用いる桑材は、御蔵島の材料が最も良質です。昔は御蔵島の隣の三宅島の方が舟の便が良かったので、三宅島の材料を使っていたんです。明治時代から、ずっと三宅島の桑を切り出すものですから、無くなってしまいました。桑の木は、育つまでに300年、400年程も掛かります。ところが、御蔵島は永らく大きい船が行かなかったものですから、桑の木が残っていました。御蔵島は水が澄んでいて、魚が豊富なので海鳥も何十万羽も毎年来ます。それが巣を作り、食べた魚の養分を運んで来るので、良い桑が育つのでしょう。なんと言っても指物では桑材が最高です。

使われている桑材はすべて御蔵島の桑なのですか。

  •  御蔵島とは縁があって使っています。20年程前に、御蔵島を一周する道路が出来たので、今まで手付かずで取り出せなかった桑の木が切り出せました。それで木材市場に、御蔵島の桑が50本程出た時に私がかなりの量を購入しました。それが縁で島の人とつながりが出来ました。それからはずっと私に譲ってくれるようになりました。ですから、私の工房では御蔵の桑を使うことが出来ています。







こちらの茶色の材料が御蔵島の桑材ですか。

  •  桑材は本来は黄色の肌質ですが、これを磨いて何も塗らなくても、40年、50年経つと、こんなに綺麗な茶色になります。御蔵島の桑は色とか艶が、やはり他の地域の材料とは違います。この御蔵の桑は、古くなっても綺麗な色に焼けていきます。最近ではなかなか市場にも出て来なくなりました。桑を切り出す人が皆年を取って減ってしまったからです。最近の若い人にとっては、切り出すのは大変で、かつ危険な仕事なので、なかなか就きません。桑は根の所が最も木目が綺麗なので根から掘るのですが、この作業がまた大変です。森の上からヘリコプターなどで吊るして、周囲を掘って切り出さなければならないので、大変な手間が掛かります。


時間の経過によって、味のある美しい色に焼けた桑




製造工程について

江戸指物の製造工程について教えて頂けますか。


  •  まず製材所で製材して、ある程度の厚みの材料にします。それから10年、15年程乾燥させて、使う際に薄く切り出して使います。成型した後に漆を塗って仕上げます。漆塗りの専門に頼む人もいますが、私は30年以上自身でしています。自身で塗った方が塗り重ねる回数は好きなように出来ますから、納得いくまで仕上げられます。漆は塗れば塗るほど良くなりますが、1日1回しか塗れないので、今の時期(2月)のように寒いと、なかなか乾燥しません。ですから、寒い時期が一番大変です。

製作には時間が必要なのですね。


  •  今製作している小引き出しでも、塗装までのすべての工程で2ヶ月間程は掛かります。だからオーダーが来たら2つ製造して、ひとつはお客さんにすぐ納めますが、普段から様々なものを作って貯めておいています。





道具について

指物には、どのような道具を使われていますか。


  •  指物の道具は、小さい部分の加工には、豆鉋(まめかんな)を用います。こういう道具は、すべて自身で作ります。品物によって様々な形が出てきます。ひとつひとつの大きさに合った鉋は売っていませんから、合った道具は自身で作ります。親子何代と引き継いでる人は、道具も受け継いでいますね。

品物の数だけ、道具が必要なのですね。


  •  そうですね。このような手鏡は、昔は芸者さんが帯の間にちょいと挟んで座敷で使っていたのです。最初は1種類だったけれど、お客さんの要望で、もう少し大きいのが欲しいと言われれば、その大きさで作ります。そうするとその大きさに合った豆鉋が必要ですから、次第に増えてしまいます。









職人としてのこだわり

職人としてのやり甲斐を教えてください。


  •  私は、お客さんに頼まれればなんだって作ります。この小引き出しも、お客さんが宝石を入れられるようにしてもらいたいと言われるので、中仕切りを作りました。
  •  ここに立て掛けている材料は、寸法取ったばかりの桑材ですが、これもお客さんに頼まれて仏壇にします。指物で、仏壇らしくないすっきりした形にしてくれと依頼されています。それで、親御さんの形見の品なのでしょうが、それを仏壇に組み込んで欲しいと言われています。
  •  もちろん、注文じゃないものだってデザインから寸法まですべて自身で考えます。そのようにしてお客さんに使ってもらって、良かったって言われれば嬉しいですよ。
  •  展示会などを毎年開いてると、やはりお客さんの目も段々肥えてきます。ですから、箪笥を作ってそれが売れたからって、他の人が形を真似て作っても高くは売れません。それは、私たちにとっては、有難い事です。本物が売れて本物を使ってもらえるのですから。人と同じで、品物にもその人の性格が出るのですね。品物には作った人の名前が書かれていなくても、ああこれは誰のだって分かります。そうして、私が作った御蔵島の桑材や天然の木目を活かした江戸指物をお客さんが選んで使って頂ければ、この仕事をやってて良かったと思います。


木村正さん


接合は、枘(ほぞ)と枘穴を組み合わせる仕口という技法で組まれる。


御蔵島の桑は時が経つにつれて陽に焼け、ねばりのある美しい艶を醸し出す。


手作りならではの多様なサイズの手鏡は、贈り物にと求める女性も多い。


江戸指物とは


 江戸指物は、釘などの金具を使わず、枘(ほぞ)の組み合わせにより作られます。古くは、室町時代以降に専門の指物師が登場します。塗りが施され雅びな京指物に対し、江戸指物は、桑、桐などの素材そのものの木目を活かした粋な作りとなっています。中でも、伊豆近くの御蔵島で採れる桑は、その木目や艶の美しさから貴重で、入手・加工ができる職人は数少ない状況です。御蔵島の桑の製品は時間を経て綺麗に色焼けし、使う人に馴染みます。写真(上)は合曳(あいびき)と呼ばれる技法による腰掛けで、足の部分は取り外す事が出来、収納時には平箱に収納出来ます。歌舞伎などの三味線奏者が合曳を使うため、家元の方々が揃えて買っていかれるとの事。


宝石箱
引き手には銀が使われている。

使ってもらって喜んでもらえれば、嬉しいよね


 職人と言っても、私たちは生活のためにやっていますからね。そんな中で、オーダーでもなんでも頼まれたら時間を掛けて大事に作ります。それをお客さんに永らく使ってもらって喜んでもらえれば、嬉しいですね。展示会などでも、初めてのお客さんがひとつ買って、使い勝手が良かったら、また来年来てくれます。そうやってお客さんが付くと、この仕事をしていて良かったと思います。