匠のまちを歩く

長尾 次朗さん (木版画彫刻師)

ながお じろう

3代続く江戸木版画摺り師の家系に生まれ、摺り師である兄雄司氏、彫り師・絵師である姉優美氏とともに、一家で江戸木版画に取り組んでいる。平成17年(2005)、台東区優秀技能者に認定される。

木版画彫刻師になるまで、そしてその仕事

木版画彫刻師になられたきっかけをお聞かせください。


  • うちは家業が版画だったんで、それで高校を卒業した後にやるようになりました。代々摺りが専門だったんですが、頼んでた彫り屋さんが高齢で出来なくなったので、それで私がその彫り師さんに習い、彫りをするようになりました。
  • まあ、子どもの頃から当たり前のように接してたので、そんなに特別なことという感じもなく、自然になりました。それで独り立ちしたのは30歳頃でした。(長尾さんの仕事場では摺り師、彫り師と向かい合って作業を行っています)


ご家族内で彫りと摺りを分業されていますが、ご家族ならではの点はあるでしょうか。


  • やっぱり色々と言いやすいとは思いますね。ここをもう少し深くしてくれとか、細い所がうまく空かないので空けてくれとかあり、そういうのは家族でやってると便利ですね。





木版画について

主にどのようなものを彫られているのでしょうか。


  •  浮世絵もやりますが、今は千社札が多いですね。浮世絵の方は昔の絵に忠実に復刻するような仕事が多くあります。千社札は、ほとんどが趣味の人から注文を受けて作るあつらえですね。モチーフは古い江戸のものが多いのですが、こういう職業に関係したものとか、好きなものでだとか、鳶の人だったら提灯とか、歌舞伎の好きな人は芝居に関係したものとか、変わったデザインも結構ありますね。
  •  他は祝儀袋だったり、名刺などです。昔は箸袋やマッチのラベルなど全部版画でやったんですけど、そういうのは最近はほとんど無くなってしまいました。

木版画と印刷物の見分け方について教えてください。


  • 私たちや見る人が見れば分かりますが、素人の方だと表からはなかなか分からないでしょう。裏を見るのが一番分かりやすいですね。バレン(馬連)で結構擦るので裏まで色が抜けてしまいます。それで版画だということが分かります。機械印刷だと裏まで色は抜けません。

浮世絵は古いものも現存していますが、版木も残っているのでしょうか。


  • 版木は昔はあまり大事にしなかったんです。板が高価だったので、摺り終わると削って平らにして違う絵を彫ったりしていました。そのため、当時の版などはほとんど残っていないですね。また、版画自体も江戸時代は高級品という感じではなくて、出版物みたいな扱いであまり大事にされてなかったんで、海外にみな流出してしまって、そこで残っているようなことが多いですね。そのため、古い絵柄の作品は、新たに模して彫らなければなりません。

版木はどのような種類の木材を使用されていますか。


  • 桜材が一番多いですね。堅くて目が詰まっているので彫りやすいのです。そのため、このような細い線が彫れるんですね。たまに朴材(ホオノキ)も使いますが、朴材だと少し柔らかいため、細かい絵柄はなかなか彫れません。

版木は幾度も使えるものなのでしょうか。


  • 結構使えますね。一度に1000枚とか摺ると潰れてしまいますが、200枚程度摺って、それが売り切れた頃にまた摺るようにやっていけば、使えますね。うちでも40年以上使ってる版もありますから。一度に1000枚摺ると、ふやけている所が刷毛でどんどん擦れて潰れてしまいますが、200枚程摺って、乾かしてしばらく置いて摺っていけば、そんなに潰れるもんじゃないですね。また洗うとそれで潰れたりするので、版木は色を変える時以外は洗わないですね。

一枚の浮世絵を彫るのにどの程度の工程や時間が掛かるのでしょうか。


  • 色板も彫ると、色ごとに板を変えますから、全部の工程でやはり1ヶ月近くは掛かります。墨の輪郭線が、おおよそ1週間から10日程度掛かって、色板全部で同じくらいの日数が掛かりますから。





色によって彫り分けられた版木。





作品について

西洋画の模刻も和紙に摺るのですか。

  • ジョルジョ・ルオー『キリストの顔』を復刻した作品和紙です。何回も摺るので、ある程度丈夫じゃないといけませんから。和紙には、にじみ止めに膠(にかわ)とミョウバンを溶いたドーサという液を塗布しています。そうしないと、和紙はすぐ破れたり、色が抜けたりしてしまいます。版画は、陽に当てると焼けてしまいますが、普通の印刷物よりも丈夫ですね。
  • かすれなどの技法は日本画でも使いますから、西洋画でも彫りの基本は同じです。摺りでは、ぼかしを何回も重ねることで、少し違った色になります。すべてこのようにして色を混ぜて使います。赤と青を混ぜて紫を作ったり、黄と藍を混ぜてグリーンを作ったりします。

木版画ならでの腕の見せどころとはどこでしょうか。

  • 浮世絵だと元は筆で描いた線ですから強弱があります。この筆で描いた感じをうまく出せるように注意を払います。人物画では、顔の線や鼻の線、あとは髪の生え際ですね。すっとした綺麗な線で一気に顔の線などは彫らないといけないので気をつけています。


伝統工芸への想い


伝統工芸の実演会によく参加されていらっしゃいますね。


  • やはり一人前になるには時間は掛かりますし、今だとなかなか職業として成り立たない部分もあるかもしれません。また、こんな仕事が今もあると知らない方も多いので、知って頂く良い機会かと思って参加しています。


長尾 次朗さん



千社札の一種で名刺のように交換される色札には、粋なデザインも多い。



(エドヴァルド・ムンク『叫び』) 西洋絵画の復刻も、試みで行っている。

木版画の持ち味


機械印刷では油性のインクを用いますが、手摺りの木版画は水性絵具なので、発色が大分違う気がしますね。発色が軽いというか透き通った感じが出ます。

アトリエ店舗として


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