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東京国立博物館に憩う
書道博物館に聞く
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東京国立博物館に憩う

東京国立博物館広報室室長の小林牧さんに館内を案内して頂きました。

春には、エドヒガンサクラ、ショウフクジサクラ、ミカドヨシノ、ケンロクエンキクザクラなどの様々な桜が咲き誇り、庭園は花見の来場者で賑わいます。

東京国立博物館庭園

東京国立博物館庭園は、桜を初めとして四季折々の花々が彩りを添えています。東京国立博物館の敷地は元は寛永寺の境内で現在の本館が建っている地は寛永寺本坊跡にあたり、庭園は寛永寺の庭であったようです。庭園の花々や草木の種類が多岐にわたっているのは、同館創設当初に動植物を扱う天産部があったためではないかと言われています。庭園内には、応挙館、九条館を初めとして、六窓庵、転合庵、春草廬の五棟の茶室が配され建てられています。また、同館の初代館長の町田久成の碑、五重塔、明治14年(1881)開催の第二回内国勧業博覧会の碑、陶製灯籠などの歴史的な記念物も多くあります。

応挙館
名古屋市郊外の明眼院(みょうげんいん)の書院として寛保2年(1742)に立てられ、後に東京品川の益田孝邸内に移築され、昭和8年(1933)に同館に寄贈されました。円山応挙が描いた障壁画で知られ、応挙館と称されています。

春草廬
貞享・元禄の頃(17世紀後半)に、河村瑞賢が淀川改修工事の歳に休憩所として建てられたもの。昭和11年(1936)に松永安左エ門(耳庵)氏の所有となり、翌年埼玉県所沢市の柳瀬荘内に移築され、戦後柳瀬荘は同館に寄贈され、昭和34年(1959)に庭園内に移築されています。

九条館
昭和9年(1934)、九条道秀氏より寄贈され、東京赤坂の九条侯爵邸から移築されました。床張付には狩野派による著色(ちゃくしょく)山水図が描かれ、欄間には花梨の一枚板に藤花菱が透ぼりされています。

転合庵
小堀遠州が寛永の頃(17世紀前半)京都伏見の六地蔵に建てた数寄屋の一部で、後に大原寂光院に移築され、昭和38年(1963)に塩原千代氏より同館に寄贈されました。
六窓庵
慶安年間(1648-52)に金森宗和によって奈良の慈眼院に建てられ、明治10年(1877)に同館に移築されました。

六窓庵茶室

応挙館


応挙館書院二之間/芦雁図(部分)
芦池に、舞い降りる雁が細やかに観察され、遠近をもって描かれています。

応挙館/書院一之間
床の間には松が描かれ、次の間との仕切りの襖には梅がいっぱいに描かれています。また、腰障子や違棚の壁面には竹が描かれ、いわゆる松竹梅の構成となっています。これらの障壁画は文化財保護のため、移動可能なものは収蔵庫に保管されて、創建当時の様子が永らく見えない状態になっており、また残されていた床貼付絵などにも保存上の問題が生じていました。そのため、平成17年(2005)に複製画制作の研究チームが構成され、大日本印刷株式会社との共同でデジタル画像処理技術により複製画が制作されました。平成19年(2007)には応挙筆の37面と山本守礼筆の4面が完成し、当時の絵画空間が復元されました。

応挙館一之間/梅図襖 応挙館二之間/芦雁図
応挙館一之間/梅図襖[写真をクリックし、写真の詳細を見ることができます。]

応挙館二之間/芦雁図[写真をクリックし、写真の詳細を見ることができます。]

デジタル画像処理による複製画には、応挙の署名も鮮やかに復元されています。

一之間床之間の松図

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