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上野動物園には、パンダを紹介する「上野動物園のパンダ情報サイト」があります。歴代のジャイアントパンダの紹介やパンダの生態などについて解説しています。


一般公開されたフェイフェイとホァンホァンの娘のトントン(昭和61年(1986))
昭和63年(1988)には、弟のユウユウが生まれていますが、近親交配を避けるために、リンリンとの交換で北京動物園に行きました。

 昭和47年(1972)に、日中国交回復の調印を記念して、日本にジャイアントパンダが贈られました。2歳のオスのカンカンと4歳のメスのランランの2頭の受け入れ先は上野動物園に決まりました。来園当初はトラ舎に仮住まいでしたが、昭和48年(1973)にはガラス張りの新パンダ舎に移りました。カンカンとランランの人気は絶大で記念式典の翌日11月5日には一般公開が始まり、観客の列は2kmにも及びました。昭和47年(1972)には、観客はのべ501万人に達し、昭和54年(1979)まで、観客は600万から700万人の間にありました。けれども、昭和54年(1979)9月には、ランランが惜しくも亡くなりました。その後の昭和55年(1980)に、カンカンの新しい新しいお嫁さんとしてホァンホァンが来園しましたが、その年の6月にはカンカンも急死してしまいました。
 上野動物園の歴代のジャイアントパンダは、カンカン、ランランを初めとして、ホァンホァン、フェイフェイ、トントン、ユウユウ、シュアンシュアン、リンリン、そして平成23年(2011)に来園した中国・臥龍保護センター生まれのオスのリーリー、メスのシンシンと続いています。(下段に続く)

昭和47年(1972)のカンカンとランランのお披露目式

一日の食費がもっとも高いのは、ジャイアントパンダです。ついでアジアゾウ、オカピ、クロサイと続いていますが、ジャイアントパンダの食費が高いのは、竹の価格に起因しています。この他に比較的高価なものは、アシカが食する生アジです。アシカは生アジしか食べませんが、一方ゴリラは野菜や果実、乳製品、木の実など20種もの餌を食べています。餌代のトップ10は、以下のようになっています。

1)ジャイアントパンダ
2)アジアゾウ
3)オカピ
4)クロサイ
5)キリン
6)アメリカバク
7)エゾヒグマ
8)カバ
9)ホッキョクグマ
10)スマトラトラ

昭和47年(1972)に来園したカンカン
来園した際は、2歳でした。昭和55年(1980)に9歳で亡くなりました。

平成23年(2011)に来園したリーリー
2005年、中国・臥龍保護センター生まれの6歳(2011年現在)[写真をクリックし、詳細を見ることができます。]

のんびりと寝ているリーリー
取材時は夏のまだ大変暑い日でしたので、リーリーはガラス張りの冷房が入った部屋で過ごしていました。部屋は、冷暖房に床暖房も完備していて、常時24度程度の適温に保たれるようになっています。

お尻を向けて寝ているシンシン
パンダ舎は、屋外運動場と室内展示場があり、その周囲は非常食のための竹林で囲まれています。出生地の中国四川省の飼育環境に近づけています。

オスのフェイフェイ(奥)とメスのホァンホァン
チュチュ、トントン、ユウユウの3頭を生み育てました。最初の子のチュチュは日本国内での出産第1号でしたが、生後43時間で亡くなりました。



日本動物愛護協会の功労動物に表彰された在りし日のブルブル

オカピのキンビア(剥製/所蔵 国立科学博物館)
コンゴの森林に生息するオカピは、低い木々の中に身を隠すためと言われる足にシマ模様を持つキリン科の動物です。オカピのキンビアは、平成13年(2001)にサンディエゴ・ワイルドアニマルパークから来園し、平成20年(2008)まで生存しました。(国立科学博物館で開催された「ウェルカム・パンダ記念─科博標本動物園」から(2011年4月-5月開催、終了))

 上野動物園では、ジャイアントパンダの人工繁殖に3回成功し、そのうちの2頭が育っています。動物園は、野生動物の展示がその目的のひとつですが、一方では蓄積した飼育技術や健康管理の手法を用いた保護や希少動物の飼育繁殖にも努めています。
 平成12年(2000)には、アメリカのサンディエゴ動物園主催で、中国の国外でジャイアントパンダを飼育しているアメリカ、スペイン、ドイツ、メキシコ、日本の5ヶ国が集まり、国際パンダ会議が開催され、共同繁殖が計画されました。その結果、メキシコのチャペルテペック動物園との共同繁殖のために、平成13年(2001)に上野動物園のリンリンはメキシコに旅立ちました。リンリンは、この繁殖計画のために、メキシコへと3往復し、世界一飛行機に乗ったパンダになりました。仲介したサンディエゴ動物園の配慮で、リンリンの不在の間の来園者のために平成13年(2001)にオカピのキンビアが貸し出されました。また、メキシコのチャペルテペック動物園からは、メスのシュアンシュアンが来日して、上野動物園に2年間滞在しましたが、この繁殖計画はあまりうまく行きませんでした。

ホァンホァン(剥製/所蔵 国立科学博物館)
歴代の上野動物園の動物は亡くなった後、教育展示のために国立科学博物館などに剥製や骨格標本として保管されています。ホァンホァンの剥製は、国立科学博物館地球館1階に展示されています。

フェイフェイ(剥製/所蔵 国立科学博物館)
国立科学博物館地球館3階に展示されています。

アジアゾウのインディラ(骨格標本/所蔵 国立科学博物館)
昭和24年(1949)にインドのネルー首相から贈られたインディラは、長命で昭和58年(1983)まで生存し、上野動物園の人気者でした。国立科学博物館地球館1階に展示されています。

ゴリラのブルブル(剥製/所蔵 国立科学博物館)
カメルーン産のニシローランドゴリラのブルブルは、昭和32年(1957)に来園し、平成9年(1997)に亡くなりましたが、推定年齢は44歳でした。ゴリラの平均年齢は、40歳程度と言われるため、大変長命でした。国立科学博物館地球館3階に展示されています。

コビトカバのターボー(剥製/所蔵 国立科学博物館)
一般のカバの10分の1にも満たないサイズのコビトカバのオスのターボーは、昭和47年(1972)から平成13年(2001)を上野動物園で過ごし、その後に南紀白浜アドベンチャーワールドで平成17年(2005)まで生存しました。上野動物園に来園時には推定2
歳と思われるため、大変長命でした。
(国立科学博物館で開催された「ウェルカム・パンダ記念─科博標本動物園」から(2011年4月-5月開催、終了))

キリンのタカオ(骨格標本/所蔵 国立科学博物館)
昭和27年(1952)の、まだ大きな動物が珍しかった時代にケニアから来園したキリンのタカオです。31歳という長寿を全うしました。国立科学博物館地球館1階に展示されています。


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