台東区の名所
台東区は、東京都23区のひとつとしてそのほぼ中心にあり、西には上野の山、東には隅田川が位置しています。上野の山には寛永2年(1625)に天台宗の僧天海により東叡山寛永寺が開かれ、隅田川に接して金龍山浅草寺が配されていて板東三十三ヶ所の霊場のひとつともなっています。江戸時代のいわゆる元禄文化の町民の町として栄え、上野の山では東京国立博物館を初めとして様々な博物館や美術館が所在し、芸術や文化が花開く地区となっています。台東区の面積は、23区で最も狭く約10.11平方キロメートル、人口は約19万人です。(2016年5月現在)
金龍山浅草寺
台東区浅草2丁目3-1

浅草寺の始まりは、推古天皇の36年(628)3月18日、漁師の檜前浜成(ひのくまはまなり)、竹成(たけなり)兄弟が、隅田川で聖観音像を網にかけ、それを郷司にあたる土師中知(はじのなかとも)が、自宅を寺に改めて安置し、礼拝供養をしたことに由来するとされています。浅草寺は焼失と再建を繰り返し、近年では、昭和20年(1945)の東京大空襲によってほとんどが焼失しました。しかし、伝法院、時の鐘、二天門、浅草神社などは戦災を免れています。浅草寺周辺は娯楽・歓楽街としての歴史も古く、その魅力については、多くの文学作品でも語られています。
最寄り駅
東京メトロ浅草線、 銀座線浅草駅
文化探訪「浅草寺に詣でる」をご覧下さい。
最寄り駅
東京メトロ浅草線、 銀座線浅草駅
文化探訪「浅草寺に詣でる」をご覧下さい。
待乳山本龍院
台東区浅草7丁目4-1

待乳山聖天(まつちやましょうでん)は、金龍山浅草寺の支院で正しくは、待乳山本龍院と言います。かつての竹屋の渡しにほど近い小丘で、江戸時代には東都随一の眺望の名所と称され、多くの浮世絵や詩歌などの題材となっています。葛飾北斎も、待乳山聖天の紅葉を題材に「待乳山紅葉」(1801-1806頃)を描いています。
最寄り駅
東京メトロ浅草線、銀座線浅草駅
東叡山寛永寺
台東区上野桜木1丁目

上野寛永寺(天台宗東叡山寛永寺)は、天海僧正(慈眼大師)の進言により、江戸城の艮(うしとら、北東)の鬼門の守として、寛永2年(1625)に本坊が落成しました。東叡山は東の比叡山を意味し、寛永年間に創建時の年号によって寛永寺の勅号を与えられています。上野寛永寺は、将軍家の墓を芝増上寺と二分して菩提寺として成り、上野の山一帯に本坊円頓院を初めとして諸堂、子院がありましたが、慶応4年(1868)の東征軍と彰義隊による、いわゆる上野戦争時に、その多くが焼失しました。現在の根本中堂は、明治12年に川越喜多院本地堂を移築したものです。
最寄り駅
JR山手線上野駅、京成電鉄上野駅
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旧東京音楽学校奏楽堂
台東区上野公園8-43

台東区立朝倉彫塑館
台東区谷中7丁目18-10

台東区立一葉記念館
台東区竜泉3丁目18-4

台東区立一葉記念館は、樋口一葉がしばらく居を構え、代表作『たけくらべ』の舞台ともなった龍泉寺町に昭和36年(1961)に開館しました。平成18年(2006)11月に建物も新たに新記念館として公開しています。
最寄り駅
東京メトロ日比谷線三ノ輪駅
池波正太郎記念文庫
台東区西浅草3丁目25-16
台東区生涯学習センター1階・台東区立中央図書館内

池波正太郎記念文庫は、「錯乱」で直木賞を受賞し、また上野・浅草を故郷として、江戸の下町を舞台にした「鬼平犯科帳」などの数々の時代小説を著した池波正太郎を記念して平成13年(2001)9月26日に開設しました。書斎(復元)や著作、自筆原稿の他、自筆絵画等を常時展示しています。また、時代小説の書架を設けて、戦前の貴重本から現代の人気作品までを収集し、公開しています。
最寄り駅
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つくばエクスプレス浅草駅
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